無意識


天動説と地動説の話から意識と無意識という言葉が出てきてしまいました。

三つ子の魂百までも、という言葉があります。...
生後より3歳までに身に付けたパターンは死ぬまで変えられないと言われています。

3歳以降、エディプスコンプレックス期を経て学校に入り、社会の風俗や習慣という文化を身に付けて行きます。

社会性とでもいうのでしょうか。
この無意識のパターンは環境、民族や国によっても異なりますが目的は同じだと思います。

それは食べる、寝る、そして排泄するという必要最低条件にも繋がっているという事です。

そこにそれぞれの文化にあった無意識という名の国や地域から追い出されないで楽に生きていくための、集合的無意識という観念を道具として生きi続けている現実というものではないでしょうか。

こう書いていくと難しくなってしまいます。
具体的な観念を列挙してみます。

男はスカートを履かない、風呂の湯には首まで浸かる、男は女より偉い、物事は全て損得で見ていく、世の中には勝者と敗者とに分かれる、
結婚しないと一人前の人間ではない、子どもを生まない女は人間ではない、水商売をする人間は下等である、職業別で良い悪いがある、等々と無限になってしまうのでこの辺にしておきます。

簡単にいうなら今、あなたから出た感情、感情が出たという事はその奥に何らかの観念があるという事です。

つまり観念をフィルターや色眼鏡と仮定してみます。
すると、白いものが黒にも赤にもグリーンにもなってしまうというフシギです。
実は最初っから白なんですけど…。

この観念が感情を生産し、この2つが思考を産み出していきます。

観念→感情→思考=行動パターンです。

これを悪い事だと言いたいわけではありません。

こうした無意識のパターンの中で人は生きているのではないかと思うのです。

如何でしょうか?

そして、この無意識のパターンの最大に強い観念が3種の神器と言われています。

象徴として玉、鏡そして剣です。
玉は権力、金という物質的な力でしょうか。
言い換えるならピラミッドの頂上です。
おおかたの男性はこの縦型の上に行きたいと思っています。
女性も同じかな…。

その玉の元に鏡があります。
それは上の者に従いなさい、真似しなさい、個性を出してはいけません。
独自性は認めません…
だからこそ、上っ面だけそうしておいて嘘ごまかしがはびこってしまう理由です。
また縦型社会ですから腹の中で何を考えようと上っ面を整えておかないと生きていけないという現実があります。

そして、その下に剣が出てきます。
玉と鏡に逆らうならば殺す、戦って潰してやるぞ、という考え方です。
いじめやいびり、暴走族や有色人種差別とか限りなく形をかえ存在している事はよくご存知でしょう。

日本を初め、世界各国はこのシステムで成立しているものと思います。

こうした観念は人間が作ったものであって自然界にはありません。

自然界にあるのはそしてその自然界の法則を成立させているのは一体何でしょうか。

それを意識の高いあなたに深く認識して頂きたいと思って、このブログが出来ています。



 


            

観念


この世の中で自分がバカだと思っている人は100%いないと思います。
自分がバカだと思ったり口にする方は思い込みなり防御ではないでしょうか。

小さい頃、親や周りの人に言われるものです。...
貴方はお利口さんね!本当にお利口さんだわ!と。
毎日毎日、毎月毎月、何年も言われていれば自分は利口な人間だと思っているのではないのでしょうか。
試しに周りの人を観察してみて下さい。
あっちこっちにいるでしょ…

逆にお前はバカだと毎日、そして毎月、それに何年も言われていればそれが当たり前だと思うのではないでしょうか。

これを平たく見てみると、肯定的メッセージが来れば気を良くする。
否定的メッセージが来れば気を悪くする。
気を悪くするということは表現はさておき、それは真実とは違うと思うからこそ気を悪くするのではないでしょうか。
言い換えるなら自分が他人に否定されるというのは、どう考えてもありえない…

人は100%自分を信じていると思います。

だからこそ、明朗活発で好きで楽しい人生を送りたいと日々頑張ったり努力もしたりとなるものと思います。
他人から色々な評価や判断を下される中で今、この現在は誤解なり苦労なりも甘受しよう。
それは未来に自分が思い描いた世界が必ず待っている…
と信じたりしているのではないでしょうか。
だからこそ今はバカというレッテルをはられても良いのかなと思った事も、おおかたの人はあるものと推測します。

それは意識、無意識には関係ありません。
観念というフィルターを通して常に自分の安全と安心を保って生きているものと思います。

その観念が自分をバカだとしている方が安全で安心ならば、自分をバカだと思うし、自分をバカだと口にしているものと思います。

どんな観念をどれだけの観念を持ちそのフィルターを通し日々生きているかと想定してみて下さい。

するとお気付きになることと思います。
如何に人にうけ、人に喜ばれ、人に愛される、そして人に認められようとしている事に…。

その観念というフィルターを通して生きている以上、いい女であったり、いい男、学歴、育ち、親の財、見た目の良さ等が十分であることは必須条件と思うのは人情でしょう。

私を含め、こうして育ってきていませんか?
ワクワクする生き方が良いんだ!と周りは言うけれど、それは自分がワクワクしているのではなく、他人から評価されなければ幸福になれないという固定観念が喜ぶワクワクをしているのではないでしょうか。

こんな経験はありませんか?
周りの人から多くの称賛を、喜びをシャワーのように浴びせられます。
お愛想がありますから自分も喜びに浸った顔をします。
それのほうが調和が保たれるし周りの人の面子も保たれます。

けれど自分の心の奥は何か冷めています。
これは違う、これは自分の欲しいものではない。
だけど世間体や体面があるので、それは言えない。

そうした本音の振舞いは決して出来ない。
大なり小なり、そんな体験をお持ちではないでしょうか。

観念の奥にある自分自身が本当にやりたい事、ありたい自分を出す事が、
そしてやり続ける事が本来のワクワクな生き方ではないでしょうか。

それは分かっているけれどもなかなか出来ないのよ!
と人は言うものです。

つまり本当のワクワクをしてしまったら、貴方安心して人生を送っていくのは無理よ。という観念があるという事になります。

これをより理解するのに役立つ小説があります、柚木麻子です。

ここでは天動説と地動説の在り方の違いを説明するところですので、抽象的な表現はこの辺に致します。

上記の表現でお気付きの事と思います。
自分自身の本音のワクワクで生きていく事が地動説です。

それを邪魔するのが自分が持つ無数の観念です。

観念をメインとすれば責任が少なくて済みます。
自分自身をメインとすると責任が100%つきます。

私を含め組織社会の世の中では責任を100%とる人は殆んどいません。
上手く皆逃げています。

つまり他人のせいにするという事です。
従って、天動説となります。
 


            

地動説で生きていくには


今回のタイトルは地動説で生きていくにはです。

 

これは非常に簡単です。

 

しかしながら天動説に慣れた人にはとても難しい事と言って良いものと思います。

 

従ってこれを分かったという領域にするには自分自身が過去に行ってきた、またはされてきた事をサンプルに見ていくと分かりやすい事と思います。

 

一言でいうならば自分が何をしてきているかを客観的に気付くという事です。

 

この気付きが多ければ多いほど地動説をしようと思わなくても地動説になってしまいます。

 

努力は要りません。

 

この気付きを如何に増やしていくかがカギになります。

 

すると精神は何が起ころうと安定した不動心となり肉体は衰えるものの病気や体調不良にはなり得ません。

 

そのため現在病気だとか体調不良の方が応用していけば、改善し治っていくと言い切れるのです。

 

対人関係においても諸外国の文化、風習、意識の違いがあっても憤ったり、腹が立ったり、差別意識になったりといった様々な葛藤や
執着心を持ち続けていく事は不可能ではないでしょうか。

 

そして経済においては、精神・肉体そして、対人関係がスムースでトラブルがない方に経済的な困窮はあり得ないと考えます。

必要以上の欲望も湧いてくる事は無いと言い切れるからです。

 

そうした状態であるならば、どんなに楽しい事でしょうか。

 

過去のサンプルについて次回は進めていきたいと思います。

 


            

れんこん湯


れんこんには収れん性のあるタンニンという成分が含まれていて、 その陽性が気管支粘膜の腫れを改善してくれると言われています。

のどがガサガサしてせきがでる…
そんな時に飲んでいます。

症状により合わない場合があるので、心配な方はご相談下さい。



 

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天動説と地動説


中世ヨーロッパにおいて侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が各地で行われ、歴史上においても大きな記録となっています。
ガリレオ・ガリレイ、多くの方がご存知の事と思います。

この時代はローマ法王の発する見解が正しさでありそれ以外の異なる意見は全て間違えであるという時代でした。

例えば魔女狩りやスペインのカタルーニャ地方の宗教弾圧がそれにあたるものと思います。


全体的な物の見方からすると、ひとつの基準ともなる見方です。

天動説か地動説、現在において人は無意識ながらどちらかの選択をして日々何気なく過ごしています。

天動説だからといって太陽や金星や木星がどうのこうのというつもりはありません。

天動説的生き方は、常に何かや誰かの影響を受け命令されたり支配されたりという上下関係というか
縦社会の発想に基づく生き方という事です。

つまり私達は家庭なり会社なり学校なり社会生活においてこれを当たり前として生きています。
しかも何千年ともいう長い年月そうしてきています。

言い換えるなら自分のエネルギーやら考え方や表現して生きて行く事を一部を除き行ってきていません。
自分のエネルギーのままに生きてしまうと不道徳、非常識、倫理に欠けるとか世間知らずやバカと罵られます。

もっと言い換えると自分のエネルギーのままに生きるという事を何代にも渡ってやっていないので、
とても難しい事だと先入観念に定義されている方が殆どだと思います。
それをうまく表現しているのが、バシャール1ではないでしょうか?

 

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